少彦名神社について
年初なのでプロアシスト近くの有名な神社を紹介したいと思います。
地元では『神農さん』と呼ばれる少彦名神社は、大阪市中央区道修町2丁目にあります。
大阪メトロ北浜駅から徒歩わずか1分、プロアシストからも徒歩8分のところにあります。
なお、少彦名神社は【すくなひこなじんじゃ】と読みます。
また地名の道修町は【どしょうまち】と読みます。
知らない人にはちょっと難しい難読神社、難読地名かもしれません。
薬・医療の神である少彦名命(すくなひこなのみこと)と神農炎帝(しんのうえんてい)を祀っています。
そのため、健康増進、病気平癒にご利益があるといわれており、ペット祈願もあるので初詣などに行くと犬を連れた人もよく見かけます。
少彦名神社の歴史
1780年(安永9年)、薬種中買仲間の伊勢講が京都五條天神社から少彦名命の分霊を勧請し、既存の神農炎帝と合祀したのが起源です。 明治期に独立神社として再建され、現在は日本医薬総鎮守として医薬関係者や健康祈願者の信仰を集め、大阪市無形民俗文化財(薬祖講行事)に指定されています。
神農炎帝を祀るため、中国医薬の祖神「神農」から「神農さん」と呼ばれます。 少彦名命も日本医薬の祖神として薬の神徳を持ち、道修町の薬業関係者がこの愛称を使い始めたようです。
神社の境内へ
とても間口の狭い小さい神社です。
知らないと前を通っても行き過ぎてしまうかもしれません。

ビルの隙間に本殿への参道があります。
左は神社の社務所、右は隣のビルですが、とても狭いです。

本殿までの通路もとても狭い。初詣やお祭りなど混むときは一方通行になります。

通路の左にショーケースのようなものがあります。なんでしょうか?

市販のお薬が並んでいます。さすがお薬の神様です。
地元の製薬関係メーカーが製品を並べています。
広告宣伝費なのかな? だとすると会社もお金を出しやすいでしょうね。

ようやく本殿です。狭い敷地なので大きな建物ではありません。
でも中で祈祷してくれるんですよ。

本殿の中には大きな張子の虎があります。
なぜ張子の虎を祀るのでしょう?
そこには歴史がありました。
江戸後期のコレラ流行時に作られた「病除けの薬」と深く結びついた信仰が今も続いているからなのです。
コレラ流行と「虎頭殺鬼雄黄圓」
文政5年(1822年)に当時の大坂でコレラ(虎狼痢)が流行し、道修町の薬種商が病除けの丸薬「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきおうえん)」を調合しました
虎の頭骨や雄黄など数種の和漢薬を配合し、この丸薬と一緒に「神虎」と呼ばれる小さな張子の虎を神前で祈祷したうえで施薬したそうです。
その時から張子の虎が使われるようになったということです。
伊勢神宮遥拝と五社明神
次に本殿右に目を向けてみましょう。
すぐ右にある小さな鳥居にお社、その前には七福神が並んでいます。
そして前には「伊勢神宮遥拝」の文字が。
これは伊勢神宮遥拝所、遠方から伊勢神宮の神々(天照大御神など)を拝むための場所です。
大阪市内では大神宮(住吉大社境内)、伊勢神宮遥拝石(四天王寺)がありますが、ここにもあるのですね。

さらに右には五社明神と書かれた提灯が2つと小さな社。これは屋久杉五社明神と呼ばれます。
水天宮、金毘羅宮、猿田彦社、天鈿女社、天満宮と、ここで一度に5つの御神徳を受けられるようです。
その右を振り返ると、鳥居を入ったところに御神木があります。
ビルの谷間なので、枝打ちされ葉もない窮屈な姿です。
1年前はもっと茂っていたと思うのですが。

初詣と御朱印
神農さんと言えば神農祭ですが、まずは初詣のお話から。
お正月の初詣の時期は少彦名神社にも参拝客が多く訪れます。




神農祭について
さて、神農さんと言えば「神農祭」について書かねばなりません。
毎年11月22・23日に開催されるお祭りです。
神農祭は1822年(文政5年)のコレラ流行時に薬種仲間が病除けの丸薬と張子の虎を祈祷・配布したことに由来します。
また、堺筋から御堂筋までの間は道の両側は夜店がびっしり並びます。夜店で狭くなった道を多くの人が行き交うため、夜には身動きが取れないほどの賑わいを見せます。このとき道修町界隈には初詣より数十倍以上の人が詰めかけます。
神社では神虎笹と呼ばれる張り子の虎と神札を付けたお守りのついた笹が授与されます。 (500円程度)
普段は静かで人も多くない神社に参拝する人が長い列を作り、堺筋に出て歩道を曲がるほどになります。


神農祭の鳥居にお気づきでしょうか?
神農祭の時は道修町通りには、東は東横堀川西側の箒屋町筋から、西は御堂筋まで、約700mに渡りいくつもの提灯のついた仮設の木製鳥居が立ち並びます。
この鳥居を昼間見るとどのようなものかがよくわかります。仮設の鳥居が延々と続くのです。

これらの仮設鳥居はどうやって立っているのでしょう?
ふだん道修町の道の両端を見ると四角いステンレスのプレート上の蓋があるのに気づくでしょう。
神農祭の時は、この蓋を開けて鳥居を差し込むようにできているのです。
1年のうちたった2日だけのために数百メートルにわたって鳥居を差し込む穴が用意されているのです。


道修町は薬屋の町
さて少彦名神社のある道修町は薬屋の町、製薬会社が多い町です。
道修町は江戸時代初期に堺の商人小西吉右衛門が薬種屋を開業し、清・オランダからの唐薬種や和薬種の取引拠点となりました。 明治期には大阪製薬株式会社(1896年設立)や廣業合資会社が優良薬品生産で貢献し、武田薬品工業、塩野義製薬、小林製薬などが本社を構えました。
今でも約150社の製薬・薬品会社が存在します。
大手の製薬会社は合併やM&Aが多くあり、道修町に本社のあった大手製薬会社は少なくなり、現在では中小の製薬会社が中心となっています。
小林製薬、カイゲンファーマ、扶桑薬品、日本バルク薬品、金剛薬品、田村薬品、日野薬品など。
道修町発祥の大手製薬会社は現在どうなっているでしょう。
塩野義製薬
本社は道修町にあったが2025年に梅田のグラングリーンに移転した。本店所在地は道修町3丁目となっている。
大手で唯一大阪に残っている。
武田薬品工業
東京、大阪に本社があるが、グローバル本社は東京。、本店所在地は道修町4丁目となっている。
藤沢薬品
2005年に山之内製薬と合併しアステラス製薬となり、本社は東京。
田辺ファーマ
田辺製薬から田辺三菱製薬、2025年にベインキャピタル参加となり田辺ファーマの名称になった。
大阪東京の両方に本社があるが、本店所在地は道修町3丁目となっている。
住友ファーマ
2005年に大日本製薬と住友製薬が合併して大日本住友製薬として誕生し、2022年に住友ファーマとなった。
大阪東京の両方に本社があるが、本店所在地は道修町2丁目となっている。
そんな道修町ですが、薬屋さんも健在です。
たとえば道修町1丁目にあるマルヘイ薬局、仁丹の看板や多数の縦書きの薬の名前など、昔ながらの薬局の雰囲気を残しています。

道修町に来たことない方は、一度神農さん参拝と道修町散歩をしてはいかがでしょう。








